とあるコンビニの入り口の前で、駐車場の縁石にだらしなく腰をかけ、買ってきたばかりの袋を開ける若者二人の姿がある。
「やっぱり外で食べるカップラーメンは格別だな」
「ポテチをひたすとうめぇぞ」
 店に入るほかの客の迷惑そうな視線などどこ吹く風、辺りにゴミを放り投げても平気な様子で、二人はラーメンをすすり、袋のポテトチップスをむさぼっていた。小遣いを握りしめておやつを買いに来た幼い子どもが、店に入れず怯えた様子で遠巻きに立ちすくんでいる。
 そこへ、
 
「そんなみっともないことはやめるニボ!」
 凛と声を張り上げ、若者たちの前に立ちはだかったのは、巨大な煮干しの着ぐるみだった。両手に持った孫の手ほどの大きさの煮干しソードを勇ましく構え、腹の辺りから顔を出した女の子が、険しい目で二人を見据えている。
「な、なんだ? 新手の変態か?」
「変態言うなニボ!」
「こいつ、最近出てきた新手の怪人だろ? セイントコードの引き立て役の」
「ああ、『アバンダント』とかいう、だっさい悪の秘密結社の怪人か? よく見れば、聖名ちゃんそっくりの顔だけど、わざわざ整形したのこいつ? うっわー、やっべー」
「悪の怪人煮干し少女ちゃん、そんなの脱いで俺達と遊ぼうぜぇ」
 口々にはやし立てる若者の言葉に、怪人煮干し少女は眼光を鋭く輝かせた。
「今のお前達のしていることは、悪事ともいえないニボ!」
「な、なに言ってんだ?」
「そんな体に良くないものを食べているから、まっとうな悪の道にも進めずいつまでも中途半端なのだニボ!」
 煮干し少女は鮮やかに両手をひらめかせた。その手から放たれた煮干しソードが、若者の持っていたカップラーメンの容器をはじき飛ばした。
「な、なにするんだよ!」
「うるさいニボ! これを喰らうニボ!」
 若者に詰め寄った煮干し少女が突き出したのは、
「なんだ、こっちもただのラーメンじゃ……な、なんだこの香り!」
「煮干しと鰹節と昆布でダシを取ったあっさり和風醤油ラーメンニボ! じっくり煮込んだ煮卵と海苔のシンプルな風味をあわせて味わうがいいニボ!」
「おい、やめろよ、なにが入ってるかわかんねぇぞ」
 もう一人の若者がとめるのも聞かず、椀を受け取った若者は、こらえきれない様子でスープをすすり、麺を頬張った。
「こ、この鮮やかな魚介ダシの風味、海苔の香り……俺が今までラーメンだと思って喰ってたのはなんだったんだ?!」
「お、おい、どうしちまったんだよ?」
「つべこべ言わずにお前も食べるニボ!」
 夢中になってラーメンをむさぼる若者に、もう周りの声は届いていないようだった。煮干し少女は、ポテトチップスの袋を持った若者の前にも、同じ椀を突き出した。
「い、嫌だ、俺はポテトチップシュールストレミング風味にジャンクフード人生を捧げると決めたんだ、純和風ダシラーメンなんかに転ぶわけには……ううっ」
「なかなか通な好みだニボ! だが、体は正直なようだニボ! 観念して食べるニボ!」
「お、俺の中に眠っていた日本人の魂が目を覚ましてしまう……やめろ、やめてくれええ」
 濃厚な魚介ダシスープの香りによる凄絶な拷問に、にわかスウェーデンかぶれの若者が耐えきれるはずはなかった。数分後、煮干し少女の前には、出された椀を空にして、さっきとは別人のように恍惚と虚空を見上げる二人の若者の姿があった。
「判ったかニボ! 正しい悪には、健全な味覚と健康な体が大事なのだニボ!」
「な、なんだかよく判らないがなんて説得力のある言葉なんだ……」 
「本物の味を知るものこそが、本物の悪の道を進めるのだニボ! わかったら、その辺のゴミは片付けて、もっと崇高な悪を目指すのだニボ!」
「ま、待ってくれ! 怪人煮干し少女!」
 颯爽と去っていこうとする煮干し少女に、二人の若者は追いすがった。
「こんな旨いもの味を知ってしまったら、もう俺達はジャンクフードには戻れない、でも、俺達は毎食体にいい食材を使った高い飯を食う余裕はないんだ、どうすればいいんだ!」
「知れたことニボ! 安くて美味しい本物の食べ物を食べるがいいニボ!」
 誇らしげに煮干し少女が掲げたのは、パッケージに「食べる煮干し」と書かれた半透明の袋だった。もちろん中には、煮干しが詰まっている。
「ダシを取るのはもちろん、煮て甘辛くあじつけしてごはんのおかずにするもよし、おやつ代わりにそのまま食べてももちろん美味しい、究極の食材ニボ! あごの力の強化と、カルシウム不足の解消で、お前達も立派な悪の構成員を目指すのだニボ!」
「は、ははぁっ」
 去っていく煮干し少女を、ひれ伏して見送る若者達。煮干し少女の姿がなくなると、彼らはどちらが言うでもなく、自分達が地面に散らかしたゴミを片付け始めた。
 その光景を離れた場所から眺めていた幼い子どもは、自分の手の中のお小遣いをぎゅっと握りしめ、目を輝かせてコンビニに入っていった。
「あら、ショウちゃん、またセイントコードウェハースを買いに来たの? ほんとに聖名ちゃんが好きなのね!」
「違うよ! 食べる煮干しをください! 僕は正しい食べ物を食べて、立派な悪の怪人になるんだ!」


「……という事案が、ここのところ都内で頻発しております」
 最近新しく買ったという、白いタブレットPCで動画を再生し終わると、キラは真剣な顔で目の前の金髪の美少女――大宜見聖名(おおぎみせいな)に視線を向けた。
「相変わらず、悪の基準がよく判らない秘密結社だよね……。いいんじゃない? コンビニ前にたむろってる素行の良くない若者が減るし、乾物業界も潤うし」
「怪人煮干し少女が現れた後のコンビニや大手スーパーでは、乾物や自然食品の売り上げが伸びる一方、ジャンクな袋菓子の売れ行きが激減しているそうです。このままでは、セイントコードキャラクター食玩の売り上げにも影響が」
「それは問題ね!」
 どうでもよさそうに話を聞いていた聖名が、いきなりしゃきっと背筋を伸ばした。同時に、キラのタブレットPCから、アラート音が響き始めた。
「これは……『緊急怪人出現速報アプリ』の警報です!」
「誰よそんな用途の限られたアプリを開発してるのは。変なプログラムが仕込まれてたりしないでしょうね」
「大丈夫です、これは主に美星さまの行動を把握するためにキラが特注……いえ、なんでもございません。聖名さま、今こそセイントコードの出番でございます!」
「そうね、行くわよ! オオイズミLEDライトのように鮮やかに悪の闇を切り裂く聖なる光、セイントコード!」
「……さすがに変身後の決め台詞に、直接スポンサー名を入れるのは露骨すぎませんか」

<つづく>
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