秋葉原駅電気街口前のロータリー付近では、ちょっとしたひとだかりができていた。頭に派手なアニメ柄のバンダナを巻き、度の強い眼鏡をかけ、チェック柄の服に大きなリュックサックを背負った小太りの青年相手に、怪人煮干し少女が詰め寄っているのだ。
 彼は駅の売店で買った菓子パンをかじりながら、アニメイト秋葉原店へ急ごうというところを、煮干し少女に襲われた。

「そんなカロリーばかりで栄養のないものを食べているから、チェックのシャツをズボンに入れて歩くようなファッションを疑問に思わなくなるニボ! この野菜たっぷり海鮮汁で身も心もすっきりするニボ!」
「嫌だ、服と食い物に金をかけるより、その分をキャラグッズにつぎ込むんだ!」
「二次元の女の子はなにも返してはくれないニボ! 人並みに健康的な体型とファッションセンスを身につければ、リアル女子が振り向いてちやほやしてくれるニボ!」
「ちやほや……い、いや、だ、騙されないぞ!」
 言葉とは裏腹に、明らかに動揺した様子で眼鏡の青年が膝をついた。煮干し少女がここぞとばかりに、ネギと鰹節を贅沢に載せた海鮮汁の椀を片手に青年に詰め寄る。その時、
「無理強いはおやめなさい、怪人煮干し少女!」
 駅前の歩道橋の上で颯爽とポーズをつけ、セイントコードに変身した大宜見聖名が、きらびやかなハートのステッキの先を煮干し少女に突きつけた。
「出たニボね、セイントコード! 前回とステッキの形も色も違うニボ!」
「アイテムは定期的に進化させないと、新しいおもちゃが売り場で展開できないのよ! 子ども達に夢を与えるのも正義のヒーローの役目!」
「せ、聖名ちゃんだ!」
 周囲の見物人達が、セイントコードの登場に大きく沸きかえる。その輪の中心で、今まさに煮干し少女に洗脳させられんとしていた眼鏡の青年が、嬉しそうに聖名の姿を仰ぎ見た。ポケットから萌えアニメキャラの絵でデコられたスマートフォンを取り出し、カメラを起動するのももちろん忘れない。
「セイントコード! た、助けに来てくれたってことは、自分は今のままでもいいってことなんだね! 食生活を改めなくても、おしゃれにならなくても、部屋の中がアニメグッズであふれてても、セイントコードは自分らオタクも受け入れてくれるんだよね!」
「え、ええ、そ、そうね……」
「言い淀んでるニボ! やっぱり男子は見た目が大事ニボ!」
「そ、そんな……」
 眼鏡の青年の表情が絶望に染まる。ここぞとばかりに煮干し少女はたたみかけた。
「女子はみんな、行動がオタクでも部屋がアニメキャラで埋まってても変な服装でも、見た目がよければ大体のことは許すニボ! ほら、あそこでコスプレしてる二人なんか、はまりすぎてて誰も後ろ指をささないニボ!」
 いきなり指をさされた二人は、突然周囲の視線を浴びて戸惑った様子で顔を見あわせた。
 それは、ファンタジーRPG風の身なりの二人の青年だった。一人は戦士風の黒い軽鎧に、リアルな長剣を腰に帯いた、長い黒髪が印象的だ。もう一人は神官風 の服を着た、背中に剣を背負った二十歳くらいの金髪の若者だ。二人とも、日本人ではないようだが、かといって純西洋系のくどさがなく、実に『日本人好みの外人風』な顔立ちをしている。
「うっわ、すっごいリアル。化粧も全然してないのにあんなかっこいいの? 有名なコスプレイヤー?」
「イベントの会場外までコスプレでうろうろするのはルール違反だぞ、ツイッターで晒されるぞ」
「そんなこといったら、呼び込みのメイドさんとか全然アウトじゃない」
「勇者カフェとかできたのかな。あのひとに『姫、お助けに参りました』なんて言われたらどうしよう。私行っちゃおうかな」
 周囲の人だかりの一部が、ざわざわと二人を取り囲み始めた。状況が全く判らず、二人は見知らぬ者達の中ですぐに逃げ出すこともできない。
 その様子に、煮干し少女は勝ち誇った様子で、セイントコードと眼鏡の青年に視線を向けた。
「見るニボ! ちょっと見た目がかっこいいだけでこの騒ぎニボ!」
「ま、まぁかっこいいに越したことはないけど……」
「ひ、ひどい、聖名ちゃんまでそんな」
 聖名がうっかり口にした本音を耳ざとく聞きつけ、眼鏡の青年は再び膝をつき、がっくりとうなだれた。
「さぁ、これを食べて健全な食生活を取り戻すための第一歩を踏み出すニボ。健康でかっこいい体になって、今度はお前がたくさんの三次元女子を泣かせてやるのだニボ! コンタクトレンズも入れるといいニボ!」
 目の前に差し出された海鮮汁を、暗い怒りに燃えた眼鏡の青年は決意を込めて受け取った。
「やっぱり信じられるのは二次元だけなんだ。三次元女子をこれ以上増長させるものか。自分は、いや俺は、食生活を改善していい男になって、三次元女子に貢がせるだけ貢がせてやる! そして、その金で成城に『痛家』を建てるんだ!」
「な、なんて恐ろしいことを……!」
 豪邸の建ち並ぶ成城の一画に、家の壁一面がアニメキャラでデコられた『痛家』が鎮座し、多くのオタク達やマスコミのカメラが押し寄せる光景を思い浮かべ、聖名は愕然と立ちすくんだ。
「だ、駄目よ! 落ちついて、いくら体がスマートになっても、顔までは変わらないのよ!」
 海鮮汁を口に運ぼうとした青年の動きが止まる。
「なにげにひどいニボ」
「思い出して、キャラグッズに囲まれた部屋で、大事な嫁に語りかけるあの幸せな気持ち! 満たされた思い! 三次元女子をどれほど多く泣かせても、その幸せは得られないのよ! 憎しみは人を幸せにはしないのよ!」
「う、うう……」
「じゃ、邪魔するなニボ!」
 動揺する青年の姿に焦りを感じたのか、煮干し少女は両手の煮干しソードを構え、きっとセイントコードを睨み付けた。オオイズミ社製LEDライトを仕込んだ新アイテム『ハートジュエリーライトステッキ』を構えたセイントコードに、煮干しソードを投げつけようと振りかぶる。
「せ、聖名ちゃん、あぶないっ」
 それまで、悪の誘惑に揺れ続けていた眼鏡の青年が、はっとした様子で声を上げ、手にしていた海鮮汁の椀を煮干し少女に投げつけた。それは今まさに、煮干しソードが離れようとしていた瞬間の煮干し少女の手を直撃し、
「うわ痛たっ熱っっっ」
 悲鳴と共に、煮干しソードは本来の標的とは全く違う方向に、勢いよくすっぽ抜けた。ファンタジーRPG風のコスプレをした青年二人と、それをとり囲む人だかりの方へと。

<まだつづく>

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