普通なら、避けられなくはなかったのだ。飛来してくるそれは、弓矢ほど早くもなかったし、距離もあった。
 だが周囲には、非力な民間人が集まっていた。避ければ後ろの誰かに当たってしまう。かといって、容易に剣を抜いて盾にできる状態ではなかった。その一瞬の判断の遅れが命取りになった。
 気付いた人だかりの一部がさあっと左右に引いて、煮干しソードはその中心にいた一人、白い神官風の服を着た青年――エレムの胸元を直撃した。不意をつかれて避けることもできないまま、エレムは数歩後ずさり、自分の体を支えきれずにそのまま人だかりの中心に倒れ込んだ。

 グランの行動は素早かった。割れた人だかりの向こう、飛来した煮干しソードの軌跡の先を確認した瞬間、グランは無言で怪人煮干し少女に駆け寄り、容赦なく蹴り倒した。もともと安定感のない着ぐるみ姿の煮干し少女は、色気のない悲鳴を上げて仰向けにひっくり返った。
「い、いきなりなに……」
 思わず文句を言いかけた煮干し少女は、自分を片足で踏みつけるグランが剣を抜こうとしたのを見て、さすがに言葉を失った。
 戦場では、仲間の介抱の先にやるべきなのは、敵の殲滅だった。この奇怪な着ぐるみが殺意を持って襲ってきたのなら、まず排除しなければいけない。
 表情もなければ警告の言葉すら発しないの黒髪の戦士の気迫に、煮干し少女はただならぬものを感じたようだった。
「わ、わざとじゃないニボ! 狙いがそれただけニボ! TOMODACHI! O・MO・TE・NA・SHI!」
 動揺で意味不明の言葉を口走る煮干し少女。さすがにセイントコードも仲裁に入らねばと思っているようだが、あっちでは人も倒れているし、とっさにどうすればいいのかが思いつかず、立ちすくんだままだ。
「ったた……」
 場の膠着を破ったのは、呻きながら自分の胸元を押さえた、エレム自身だった。触れた法衣の裂け目からこぼれてきたのは血ではなく、石板の表面を覆っていたガラスのかけらだった。
「石板が盾代わりになったのか……」
 グランはひとつ息をつき、踏みつけていた奇っ怪な着ぐるみを蹴り飛ばした。座り込んだエレムの側まで戻ると、表面の割れた石板をひったくる。
 衝撃を受けたのは、表面のガラスだけではないのだろう。横の赤い印の部分を押しても、もう石板は光を放とうとはしなかった。
「これって、どういうことだ?」
「普通に考えたら、……『壊れた』ってことでしょうか」
「……」
 石板が壊れてしまったら、自分達に道を示す物がなくなってしまう。それに、これが「誰か」に届けられなかったら、自分達はどうなってしまうのだろう。こんな、わけのわからない世界からもう戻れないのだろうか。
「どうしてくれるんだよ?」
「えっ」
 煮干しソードを拾い上げ、こっそりその場から逃げようとしていた怪人煮干し少女は、グランに今度はしっぽを踏みつけられてしまい、じたばたと身をよじった。
「狙ったわけじゃないニボ! 不幸な事故だニボ!」
「あんな危なっかしいものを投げておいて事故も何もねぇだろうが! これがないと困るんだよ!」
「あのー……」
 それまで見物人と一緒に呆然と彼らを見守っていたセイントコードが、おずおずと声をかけてきた。グランの注意が聖名に向けられたことで、彼が踏んでいたしっぽから足がどけられて、
「ふええ、いきなり離すなんてひどいニボー!」
 自分を抑えていた力が唐突に消え、必死で逃げ出そうとしていた怪人煮干し少女は、反動で、開けっ放しだったガンダムカフェの売店入り口に突っ込んで行った。着ぐるみがすっぽり入り口の扉部分にはさまって、身動きがとれなくなっている。
「それ、液晶とバックライトが駄目になっただけかも? ちゃんとしたところで見てもらわないとなんとも言えないけど、データは救出できるんじゃないかしら」
「エキショー?」
「でーた?」
「……若いのに、二人とも機械音痴なのかしら」
 聖名は呆れた様子で、キラの持っている石板を指さした。
「ほら、これって、光ってる部分と、データを記録する部分は別なのよ。パソコンで考えれば判るでしょ? ハードディスクと、モニタって別のものじゃない」
「ぱそこん……?」
 この世界独特の言葉なのだろうか。まったく言われていることが理解が出来ず、グランとエレムは顔を見あわせた。
 さすがに冗談とも思えなくなったらしく、聖名は怪訝そうに二人を見返した。
「まさか……ほんとに自分達が持ってるものの正体を知らないの? コスプレのキャラになりきってるわけじゃなくて?」
「僕達は、石板が示した先にいる誰かに、この石板を渡すように頼まれたんです」
 こすぷれってなんだろうと思いながらも、素直に質問に答えるエレム。
「石板が示す矢印の先に向かっていたら、ここまでたどり着いたんだ。あんた達のどっちかを指していたのは判ったから、騒ぎが収まるのを待ってたら、この始末だ」
「私たちを……?」
 聖名は不思議そうにグランを見返し、急にどぎまぎした様子で慌てて視線をそらした。どうやらわりと面喰いのようだ。
「な、なにか、専用のアプリでも入ってたのかしら……。そう言えば、キラ!」
 聖名の呼びかけに、それまで物陰でこちらを伺っていたキラが素早く近寄ってきた。
「あなた、これと同じ機種のタブレットPCを持ってたわよね?」
「はい、オレンジ社のマイパッドエアでございますね。解像度が上がってこれまで以上に聖名さまのフォトギャラリーがくっきり美しく」
「この人達が言ってるようなアプリに心当たりはない? 目的の方角を判りやすく矢印で示すような」
「GPSを利用したナビならあるかと思いますが、矢印だけというのはどうでしょう……」
 言いながらキラは、サブバッグから石板を取り出した。グラン達に与えられたものと形は同じだが、こちらは真っ白だ。
「やっぱり、この世界で作られたものなんですね。この石板は、いったいなんなんですか?」
「石板って、……これはタブレットPCって言って、ああ、でもパソコン自体が判らないんじゃ、どうやって説明すればいいのかしら」
 頭を抱える聖名の横で、キラは淡々と石板の側面に指で触れている。その動きに応えるように、白い石板の表面が光を放ちだした。
「すごい……この世界の人は、これを普通に持ち歩いてるんですか?」
「まぁ、大きさの差はあるけど、だいたい似たようなのはみんな持ってるわね」
 純粋に驚いているエレムに、どうにも返答に困った様子で金髪の少女は頷いた。だが次の瞬間、
「よかった、ちゃんと、ここまで来てくれたんですね!」
 白い石板の上に現れたのは、あの時黒い石板の上に現れた『ララ』の、立体的な姿だった。彼女はグランとエレムを見て、嬉しそうに声を上げた。
「え?! 今のタブレットって、眼鏡なしでこんな3D映像まで見られるの?」
「いえ、さすがにこんな機能がついてたら話題にならないわけが……」
「きみが、ララさんの言っていた、石板を届ける相手、ですか?」
 さすがに驚きを隠せない少女達。逆にグランとエレムは戸惑った様子もなく、石板の上に現れた『ララ』に目を向けた。
「はい、そうです。あなたたちなら、きっと大丈夫だと信じていました」
「来たはいいんだが、石板は変なでかい人形をかぶった女のせいで……」
 さすがに気まずそうに、グランは手に持っていた黒い石板を示した。表面のガラスにはひびが入り、ところどころかけらが抜け落ちて、もうとても元のようには輝きそうにない。
 だがララはにっこり笑うと、
「大丈夫です、大事なデータは、バックアップをとっておくのが基本です」
「……さっきから、一体なんなんだ、その『でーた』ってのは」
「石板の『記憶』です」
 そう言うと、ララはあっけにとられている金髪の少女に視線を向けた。
「彼の持っているタブレットPCから、SDカードを、抜いてあげて頂けませんか」
「え、いいけど……。オレンジ社ってこんなすごい3D映像システムを開発してたのね……」
 聖名は、無理矢理納得した様子で、グランの持っている黒い石板に手を伸ばした。
「ここにSDカードが納まってるから、これを軽く押すと……」
 聖名の指の動きに応えるように、それまで石板の一部だと思っていた、小さな平べったい突起が外側に飛び出した。指でつまんで引き抜くと、それは親指のひらくらい大きさの、長方形の小さな板だった。
「これが、石板の『記憶』……?」
 こんな小さな板に、いったいなにが込められているのだろう。不思議に思いながらも、グランは白い石板の上で手を伸ばしたララに、小さな板を差し出した。それはグランにとって、半透明ながらも、人の形をとって板の上に現れた存在に対してものを渡す、当然の仕草だった。
「あ、SDカードを使うなら、こっちのスロットに差し込まないと……」
 慌てて教えてあげようとした聖名の動きが、今度こそ驚きで固まった。
 グランの差し出した小さな板を、『ララ』は当然のように受け取った。
 そして彼女の手に取られた瞬間、板はさっと実体を失い、浮かび上がったララの姿と同じように、半透明の映像の一部になってしまった。
「ああ……伝わってきます、あなたたちの通ってきたいくつもの世界の姿、出会った人たち……それを生み出したたくさんの大きな想い」
 受け取った板を嬉しそうに抱きしめ、ララは二人を見上げて微笑んだ。
「わたしの役目は、たくさんの思いの中でつづられる物語を、人の目で見える形にして、少しでも多くの人に伝えることです」
「役目って、あんた何者な……」
 だが、グランの問いかけが終わるより先に、ララは抱えていた板ごと、全身から淡い光を放ち始めた。同時に、石板の光の上に、グランとエレムには理解できない言語が敷き詰められていく。
「読み込み完了。転送を開始します。グランさん、エレムさん、手を」
「手?」
 訝る二人に向けて、ララは手をさしのべた。二人は戸惑った様子で、それでも言われるままに、それぞれ手をララに向かって伸ばした。
 二人の指先に、ララの手が触れたとたん。
「え、ええ?!」
 驚きの声を上げる聖名の目の前で、二人の体はララと同じように淡い光を帯び始めた。さっきまでは確かにそこにあった二人の姿が、薄れていく。
 なにが起きたのか、周りの誰も把握できないでいるうちに、『ララ』の姿も、二人の青年も、その場からかき消えてしまった。



「……いやぁ、すごい演出だったなぁ」
「セイントコードのスポンサーにオレンジ社がついたんじゃないの?」
「海外のコンサートに行ってたしなー。正義の味方もグローバルの時代だな」
 彼女たちの様子を遠巻きに眺めていた見物人達が、感心した様子であれこれ憶測を口にしている。
「え、映像? でも、あの人達、確かに喋ってたし、触れたし……そうか!」
 二人の青年の立っていた場所を呆然と眺めていた聖名は、きっとした表情で、ガンダムカフェの売店入り口に詰まっている煮干し少女を睨み付けた。
「あんた達の仕業ね?! あんな仕掛けで、今度はなにをしようって言うの?」
「し、知らないニボ! 濡れ衣だニボ!」
「ほかに誰がいるって言うのよ、こら、待ちなさい!」
 やっとのことで入り口から体を引き抜き、よたよたと逃げようとする煮干し少女を、セイントコードが追いかけていく。
 キラは、地面に落ちたガラスの破片のいくつかと、自分の持っている白いタブレットPCの画面を見比べ、首を傾げた。
 画面には、さっき立体的に浮かび上がっていた少女と、よく似た女の子の画像が表示されている。
「なんでしょうかこのホームページは……『ライトなラノベコンテスト』……?」

<第六章 了>

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悪の秘密結社「アバンダント」の活躍が熱い原作様はこちらから → http://blog.livedoor.jp/takanao7008/