はっとして二人が目を開くと、そこは、薄暗い洞窟のなかだった。立ちすくむ二人の間には、子どもほどの大きさの岩があり、その上には黒い石板……ではなく、古びた本が載せられている。
 エレムは恐る恐るといった様子で、その本に触れてみた。
 なんの変哲もない、紙を細い紐でつづっただけの、簡単な作りの本だった。もちろんどこを触っても、光るような気配もない。
「なんだったんだ、今の……」
 呟きかけたとたん、外から大勢が草を踏む足音が聞こえた気がして、グランは洞窟の入り口へと目を向けた。
 自分達を追いかけてきた者達が、もう近くまで来ているのだろうか。
 だが、
「……ああ、雨が降ってきたのか」
 さっきまで、雲ひとつない月夜の空の下を歩いてきたはずだった。だが今は、月明かりに浮かび上がる草原の上を、大粒の雨が踊っているのが見える。雨が草を叩く音が、大勢の足音に聞こえたらしい。
 すぐに雨雲が空を覆ってしまったのだろう。周囲も一気に暗くなって、洞窟の中から外の様子は伺えなくなった。
「……こんな雨なら、さっきの人たちも、追いかけるのを諦めてくれそうですね」
 月明かりの名残が残っているうちにと、エレムが急いで荷物袋から携帯用の燭台と燐寸(マッチ)を引っ張り出した。火を灯した燭台を岩の上に置くと、洞窟全体が明るく照らし出された。
 どうやらここは、近隣から山に入るものが休憩所代わりにでも利用でもしているのだろう。入り口近くには焚き火の跡もあるし、隅には枯れ葉とむしろが積まれている。雨を避けて一晩泊まる程度ならなんとかなりそうだった。
 周囲を見回し、拍子抜けした様子のグランがふと、エレムの服に目を向けた。
「おい、それ」
「はい?」
 燭台の灯りの下、グランが気付いたのは、大きく切れたエレムの法衣の胸元だった。驚いて押さえたエレムの手に、砕けた硝子のかけらがいくつかこぼれ落ちる。
 二人は顔を見あわせた。夢か幻かは知らないが、自分達がこの一瞬の間に、同じものを見てきたのだけは、なにも言わなくても察せられた。
「……一応、僕らは『彼女』の頼みを聞いてあげられたってことなんでしょうか」
「割にあわねぇ話のような気もするけどな」
 言いながら、グランは隅に積まれていたむしろを枯れ葉の上に適当に広げると、その上にさっさと横になった。
「なんにしろ、今夜はここで雨宿りだ。俺が先に寝るから、夜中に交代な」
 エレムが異を唱える間もなく、担いできた麻袋を枕に、グランは目を閉じた。持ち出した金の詰まった袋だ。あんなものを枕にしたら、ろくな夢を見ないような気がするのだが、グランは全く気にした様子がない。
 エレムは軽く肩をすくめると、岩の上に置かれた古びた本に目を向けた。
 表面に書かれている文字は、どうやら古い時代の大陸共用語のようだ。書かれているのは、ある国の神話を元にした空想の冒険譚のようだった。前にここを利用したものが、夜を明かす暇つぶしにでも読んでいたのかも知れない。
 エレムはぱらぱらと本をめくり、自然に笑みを漏らした。
「グランさん、これ、なんだか面白そうですよ」
「……」
 グランはもう眠ってしまったのか、エレムの言葉に答える様子もない。エレムは、余っていたむしろを敷いて腰を降ろし、今度は熱心にその本を読み始めた。
 その本の冒頭にあるのは、こんな言葉だった。


 私たちの住むこの『世界』は、本につづられた紙のように、たくさんの『世界』と連なっているのです。
 そしてその『世界』は、人の思いの数だけ存在するのです――



<オールライト・オールライト 了>
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