とあるコンビニの前で、駐車場の縁石にだらしなく腰をかけ、買ってきたばかりの袋を開ける若者二人の姿がある。
「やっぱり外で食べるカップラーメンは格別だな」
「ポテチをひたすとうめぇぞ」
 ほかの客の迷惑そうな視線などどこ吹く風、辺りにゴミを放り投げても平気な様子で、二人はラーメンをすすり、袋のポテトチップスをむさぼっていた。小遣いを握りしめておやつを買いに来た幼い子どもが、店に入れず怯えた様子で遠巻きに立ちすくんでいる。
 そこへ、
 
「そんなみっともないことはやめるニボ!」
 凛と声を張り上げ、若者たちの前に立ちはだかったのは、巨大な煮干しの着ぐるみだった。両手に持った孫の手ほどの大きさの煮干しソードを勇ましく構え、腹の辺りから顔を出した女の子が、険しい目で二人を見据えている。
「な、なんだ? 新手の変態か?」
「変態言うなニボ!」
「こいつ、最近出てきた新手の怪人だろ? セイントコードの引き立て役の」
「ああ、『アバンダント』とかいう、だっさい悪の秘密結社の怪人か? よく見れば、聖名ちゃんそっくりの顔だけど、わざわざ整形したのこいつ? うっわー、やっべー」
「悪の怪人煮干し少女ちゃん、そんなの脱いで俺達と遊ぼうぜぇ」
 口々にはやし立てる若者の言葉に、怪人煮干し少女は眼光を鋭く輝かせた。
「今のお前達のしていることは、悪事ともいえないニボ!」
「はぁ?」
「そんな体に良くないものを食べているから、まっとうな悪の道にも進めずいつまでも中途半端なのだニボ!」
 煮干し少女は鮮やかに両手をひらめかせた。その手から放たれた煮干しソードが、若者の持っていたカップラーメンの容器をはじき飛ばした。
「な、なにするんだよ!」
「うるさいニボ! これを喰らうニボ!」
 若者に詰め寄った煮干し少女が突き出したのは、
「なんだ、こっちもただのラーメンじゃ……な、なんだこの香り!」
「煮干しと鰹節と昆布でダシを取ったあっさり和風醤油ラーメンニボ! じっくり煮込んだ煮卵と海苔のシンプルな風味をあわせて味わうがいいニボ!」
「おい、やめろよ、なにが入ってるかわかんねぇぞ」
 もう一人の若者がとめるのも聞かず、椀を受け取った若者は、こらえきれない様子でスープをすすり、麺を頬張った。
「こ、この鮮やかな魚介ダシの風味、海苔の香り……俺が今までラーメンだと思ってたのはなんだったんだ?!」
「お、おい、どうしちまったんだよ?」
「つべこべ言わずにお前も食べるニボ!」
 夢中になってラーメンをむさぼる若者に、もう周りの声は届いていないようだ。煮干し少女は、ポテトチップスの袋を持った若者の前にも、同じ椀を突き出した。
「い、嫌だ、俺はポテトチップシュールストレミング風味にジャンクフード人生を捧げると決めたんだ、純和風ダシラーメンなんかに転ぶわけには……ううっ」
「なかなか通な好みだニボ! だが、体は正直なようだニボ! 観念して食べるニボ!」
「お、俺の中に眠っていた日本人の魂が目を覚ましてしまう……やめろ、やめてくれええ」
 濃厚な魚介ダシスープの香りによる凄絶な拷問に、にわかスウェーデンかぶれの若者が耐えきれるはずはなかった。数分後、煮干し少女の前には、出された椀を空にして、さっきとは別人のように恍惚と虚空を見上げる二人の若者の姿があった。
「判ったかニボ! 正しい悪には、健全な味覚と健康な体が大事なのだニボ!」
「な、なんだかよく判らないがなんて説得力のある言葉なんだ……」 
「本物の味を知るものこそが、本物の悪の道を進めるのだニボ! 判ったら、その辺のゴミは片付けて、もっと崇高な悪を目指すのだニボ!」
「ま、待ってくれ! 怪人煮干し少女!」
 颯爽と去っていこうとする煮干し少女に、二人の若者は追いすがった。
「こんな旨いもの味を知ってしまったら、もう俺達はジャンクフードには戻れない、でも、俺達には毎食体にいい食材を使った高い飯を食う余裕はないんだ、どうすればいいんだ!」
「知れたことニボ! 安くて美味しい本物の食べ物を食べるがいいニボ!」
 煮干し少女が掲げたのは、パッケージに「食べる煮干し」と書かれた半透明の袋だった。もちろん中には、煮干しが詰まっている。
「ダシを取るのはもちろん、煮て甘辛くあじつけしてごはんのおかずにするもよし、おやつ代わりにそのまま食べてももちろん美味しい、究極の食材ニボ! あごの力の強化と、カルシウム不足の解消で、お前達も立派な悪の構成員を目指すのだニボ!」
「は、ははぁっ」
 去っていく煮干し少女を、ひれ伏して見送る若者達。煮干し少女の姿がなくなると、彼らはどちらが言うでもなく、自分達が地面に散らかしたゴミを片付け始めた。
 その光景を離れた場所から眺めていた幼い子どもが、自分の手の中のお小遣いをぎゅっと握りしめ、目を輝かせてコンビニに入っていった。
「あら、ショウちゃん、またセイントコードウェハースを買いに来たの? ほんとに聖名ちゃんが好きなのね!」
「違うよ! 食べる煮干しをください! 僕は正しい食べ物を食べて、立派な悪の怪人になるんだ!」


「……という事案が、ここのところ都内で頻発しております」
 最近新しく買ったという、白いタブレットPCで動画を再生し終わると、キラは真剣な顔で目の前の金髪の美少女――大宜見聖名(おおぎみせいな)に視線を向けた。
「相変わらず、悪の基準がよく判らない秘密結社だよね……。いいんじゃない? コンビニ前にたむろってる素行の良くない若者が減るし、乾物業界も潤うし」
「怪人煮干し少女が現れた後のコンビニや大手スーパーでは、乾物や自然食品の売り上げが伸びる一方、ジャンクな袋菓子の売れ行きが激減しているそうです。このままでは、セイントコードキャラクター食玩の売り上げにも影響が」
「それは問題ね!」
 どうでもよさそうに話を聞いていた聖名が、いきなりしゃきっと背筋を伸ばした。同時に、キラのタブレットPCから、アラート音が響き始めた。
「これは……『緊急怪人出現速報アプリ』の警報です!」
「誰よそんな用途の限られたアプリを開発してるのは。変なプログラムが仕込まれてたりしないでしょうね」
「大丈夫です、これは主に美星さまの行動を把握するためにキラが特注……いえ、なんでもございません。聖名さま、今こそセイントコードの出番でございます!」
「そうね、行くわよ! オオイズミLEDライトのように鮮やかに悪の闇を切り裂く聖なる光、セイントコード!」
「……さすがに変身後の決め台詞に、直接スポンサー名を入れるのは露骨すぎませんか」

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 秋葉原駅電気街口前のロータリー付近では、ちょっとしたひとだかりができていた。頭に派手なアニメ柄のバンダナを巻き、チェック柄の服に大きなリュックサックを背負った小太りの眼鏡の青年相手に、怪人煮干し少女が詰め寄っているのだ。彼は駅の売店で買った菓子パンをかじりながら、アニメイト秋葉原店へ急ごうというところを、煮干し少女に襲われた。
「そんなカロリーばかりで栄養のないものを食べているから、チェックのシャツをズボンに入れて歩くようなファッションを疑問に思わなくなるニボ! この野菜たっぷり海鮮汁で身も心もすっきりするニボ!」
「嫌だ、服と食い物に金をかけるより、その分をキャラグッズにつぎ込むんだ!」
「二次元の女の子はなにも返してはくれないニボ! 人並みに健康的な体型とファッションセンスを身につければ、リアル女子が振り向いてちやほやしてくれるニボ!」
「ちやほや……い、いや、だ、騙されないぞ!」
 言葉とは裏腹に、明らかに動揺した様子で眼鏡の青年が膝をついた。煮干し少女がここぞとばかりに、ネギと鰹節を贅沢に載せた海鮮汁の椀を片手に青年に詰め寄る。その時、
「無理強いはおやめなさい、怪人煮干し少女!」
 駅前の歩道橋の上で颯爽とポーズをつけ、セイントコードに変身した大宜見聖名が、きらびやかなハートのステッキの先を煮干し少女に突きつけた。
「出たニボね、セイントコード! 前回とステッキの形も色も違うニボ!」
「アイテムは定期的に進化させないと、新しいおもちゃが売り場で展開できないのよ! 子ども達に夢を与えるのも正義のヒーローの役目!」
「せ、聖名ちゃんだ!」
 周囲の見物人達が、セイントコードの登場に大きく沸きかえる。その輪の中心で、今まさに煮干し少女に洗脳させられんとしていた眼鏡の青年が、嬉しそうに聖名の姿を仰ぎ見た。ポケットから萌えアニメキャラの絵でデコられたスマートフォンを取り出し、カメラを起動するのももちろん忘れない。
「セイントコード! た、助けに来てくれたってことは、自分は今のままでもいいってことなんだね! 食生活を改めなくても、服のセンスが悪くても、部屋の中がアニメグッズであふれてても、セイントコードは自分らオタクも受け入れてくれるんだよね!」
「え、ええ、そ、そうね……」
「言い淀んでるニボ! やっぱり男子は見た目が大事ニボ!」
「そ、そんな……」
 眼鏡の青年の表情が絶望に染まる。ここぞとばかりに煮干し少女はたたみかけた。
「女子はみんな、行動がオタクでも部屋がアニメキャラで埋まってても変わった服装でも、見た目がよければ大体のことは許すニボ! ほら、あそこでコスプレしてる二人なんか、はまりすぎてて誰も後ろ指をささないニボ!」
 いきなり指をさされた二人は、突然周囲の視線を浴びて戸惑った様子で顔を見あわせた。
 それは、ファンタジーRPG風の服装の青年二人だった。一人は戦士風の黒い軽鎧に、リアルな長剣を腰に帯いた、長い黒髪が印象的だ。もう一人は神官風の服を着た、背中に剣を背負った二十歳くらいの金髪の若者だ。二人とも、日本人ではないようだが、かといって純西洋系のくどさがなく、実に『日本人好みの外人風』な顔立ちをしている。
「うっわ、すっごいリアル。化粧も全然してないのにあんなかっこいいの? 有名なコスプレイヤー?」
「イベントの会場外までコスプレでうろうろするのはルール違反だぞ、ツイッターで晒されるぞ」
「そんなこといったら、呼び込みのメイドさんとか全然アウトじゃない」
「勇者カフェとかできたのかな。あのひとに『姫、お助けに参りました』なんて言われたらどうしよう。私行っちゃおうかな」
 人だかりの一部が、ざわざわと二人を取り囲み始めた。状況が全く判らず、二人は見知らぬ者達の中ですぐに逃げ出すこともできない。
 その様子に、煮干し少女は勝ち誇った様子で、セイントコードと眼鏡の青年に視線を向けた。
「見るニボ! ちょっと見た目がかっこいいだけでこの騒ぎニボ!」
「ま、まぁかっこいいに越したことはないけど……」
「ひ、ひどい、聖名ちゃんまでそんな」
 聖名がうっかり口にした本音を耳ざとく聞きつけ、眼鏡の青年はがっくりとうなだれた。
「さぁ、これを食べて健全な食生活を取り戻すための第一歩を踏み出すニボ。健康でかっこいい体になって、今度はお前がたくさんの三次元女子を泣かせてやるのだニボ! コンタクトレンズも入れるといいニボ!」
 目の前に差し出された海鮮汁を、暗い怒りに燃えた眼鏡の青年は決意を込めて受け取った。
「やっぱり信じられるのは二次元だけなんだ。三次元女子をこれ以上増長させるものか。自分は、いや俺は、食生活を改善していい男になって、三次元女子に貢がせるだけ貢がせてやる! そして、その金で成城に『痛家』を建てるんだ!」
「な、なんて恐ろしいことを……!」
 豪邸の建ち並ぶ成城の一画に、家の壁一面がアニメキャラでデコられた『痛家』が鎮座し、多くのオタク達やマスコミのカメラが押し寄せる光景を思い浮かべ、聖名は愕然と立ちすくんだ。
「だ、駄目よ! 落ちついて、いくら体がスマートになっても、顔までは変わらないのよ!」
 海鮮汁を口に運ぼうとした青年の動きが止まる。
「なにげにひどいニボ」
「思い出して、キャラグッズに囲まれた部屋で、大事な嫁に語りかけるあの幸せな気持ち! 満たされた思い! 三次元女子をどれほど多く泣かせても、その幸せは得られないのよ! 憎しみは人を幸せにはしないのよ!」
「う、うう……」
「じゃ、邪魔するなニボ!」
 動揺する青年の姿に焦りを感じたのか、煮干し少女は両手の煮干しソードを構え、セイントコードを睨み付けた。オオイズミ社製LEDライトを仕込んだ新アイテム『ハートジュエリーライトステッキ』を構えたセイントコードに、煮干しソードを投げつけようと振りかぶる。
「せ、聖名ちゃん、あぶないっ」
 悪の誘惑に揺れ続けていた眼鏡の青年が、はっとした様子で、手にしていた海鮮汁の椀を煮干し少女に投げつけた。それは今まさに、煮干しソードが離れようとしていた瞬間の煮干し少女の手を直撃し、
「うわ痛たっ熱っっっ」
 悲鳴と共に、煮干しソードは本来の標的とは全く違う方向に、勢いよくすっぽ抜けた。ファンタジーRPG風のコスプレをした青年二人と、それをとり囲む人だかりの方へと。

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 普通なら、避けられないものではなかったのだ。飛来してくるそれは、弓矢ほどの早さでもなかったし、距離もあった。
 だが周囲には非力な民間人が集まっていた。避ければ後ろの誰かに当たってしまう。かといって、容易に剣を抜いて盾にできる状態ではなかった。その一瞬の判断の遅れが命取りになった。
 気付いた人だかりの一部がさあっと左右に引いて、煮干しソードはその中心にいた一人、白い神官風の服を着た青年――エレムの胸元を直撃した。不意をつかれて避けることもできないまま、エレムは数歩後ずさり、自分の体を支えきれずにそのまま人だかりの中心に倒れ込んだ。

 グランの行動は素早かった。飛来した煮干しソードの軌跡の先を確認した瞬間、無言で駆け寄ったグランは容赦なく怪人煮干し少女を蹴り倒した。もともと安定感のない着ぐるみ姿の煮干し少女は、色気のない悲鳴を上げて仰向けにひっくり返った。
「い、いきなりなに……」
 思わず文句を言いかけた煮干し少女は、自分を片足で踏みつけるグランが剣を抜こうとしたのを見て、さすがに言葉を失った。
 戦場では、仲間の介抱の先にやるべきなのは、敵の殲滅だった。この奇怪な着ぐるみが殺意を持って襲ってきたのなら、まず排除しておかなければいけない。
 表情もなければ警告の言葉すら発しない黒髪の戦士の気迫に、煮干し少女はただならぬものを感じたようだった。
「わ、わざとじゃないニボ! 狙いがそれただけニボ! TOMODACHI! O・MO・TE・NA・SHI!」
 動揺で意味不明の言葉を口走る煮干し少女。さすがにセイントコードも仲裁に入らねばと思っているようだが、あっちでは人も倒れているし、とっさにどうすればいいのかが思いつかず、立ちすくんだままだ。
「ったた……」
 場の膠着を破ったのは、呻きながら自分の胸元を押さえた、エレム自身だった。触れると、法衣の裂け目からこぼれてきたのは血ではなく、石板の表面を覆っていたガラスのかけらだった。
「石板が盾代わりになったのか……」
 グランはひとつ息をつき、踏みつけていた奇っ怪な着ぐるみを蹴り飛ばした。座り込んだエレムの側まで戻ると、表面の割れた石板をひったくる。
 衝撃を受けたのは、表面のガラスだけではないのだろう。横の赤い印の部分を押しても、もう石板は光を放とうとはしなかった。
「これって、どういうことだ?」
「普通に考えたら、……『壊れた』ってことでしょうか」
「……」
 石板が壊れてしまったら、自分達に道を示す物がなくなってしまう。それに、これが「誰か」に届けられなかったら、自分達はどうなってしまうのだろう。こんな、わけのわからない世界からもう戻れないのだろうか。
「どうしてくれるんだよ?」
「えっ」
 彼らの側に落ちていた煮干しソードを拾い上げ、こっそりその場から逃げようとしていた怪人煮干し少女は、グランに今度はしっぽを踏みつけられ、じたばたと身をよじった。
「狙ったわけじゃないニボ! 不幸な事故だニボ!」
「あんな危なっかしいものを投げておいて事故も何もねぇだろうが! どうしてくれるんだよ、これがないと困るんだよ!」
「あのー……」
 見物人と一緒に呆然と彼らを見守っていたセイントコードが、おずおずと声をかけてきた。聖名に注意が向けられたことで、グランに踏まれていたしっぽから足がどけられて、
「ふええ、いきなり離すなんてひどいニボー!」
 必死で逃げ出そうとしていた怪人煮干し少女は、反動で、開けっ放しだったガンダムカフェの売店入り口に突っ込んで行った。着ぐるみがすっぽり入り口の扉部分にはさまって、身動きがとれなくなっている。
「それ、液晶とバックライトが駄目になっただけかも? ちゃんとしたところで見てもらわないとなんとも言えないけど、データは救出できるんじゃないかしら」
「エキショー?」
「でーた?」
「……若いのに、二人とも機械音痴なのかしら」
 なにを言われているのか、二人は本気で判らない様子だ。
「ほら、これって、光ってる部分と、データを記録する部分は別なのよ。パソコンで考えれば判るでしょ? ハードディスクと、モニタって別のものじゃない」
「ぱそこん……?」
 この世界独特の言葉なのだろうか。グランとエレムは顔を見あわせた。
 さすがに冗談とも思えなくなったらしく、聖名は怪訝そうに二人を見返した。
「まさか……ほんとに自分達が持ってるものの正体を知らないの? コスプレのキャラになりきってるわけじゃなくて?」
「僕達は、石板が示した先にいる誰かに、この石板を渡すように頼まれたんです」
 こすぷれってなんだろうと思いながらも、素直に質問に答えるエレム。
「石板が示す矢印の先に向かっていたら、ここまでたどり着いたんだ。あんた達のどっちかを指していたのは判ったから、騒ぎが収まるのを待ってたら、この始末だ」
「私たちを……?」
 聖名は不思議そうにグランを見返し、急にどぎまぎした様子で慌てて視線をそらした。どうやらわりと面喰いのようだ。
「な、なにか、専用のアプリでも入ってたのかしら……。そう言えば、キラ!」
 少女の呼びかけに、それまで物陰で様子を伺っていた別の少女が素早く近寄ってきた。
「あなた、これと同じ機種のタブレットPCを持ってたわよね?」
「はい、オレンジ社のマイパッドエアでございますね。解像度が上がってこれまで以上に聖名さまのフォトギャラリーがくっきり美しく」
「この人達が言ってるようなアプリに心当たりはない? 目的の方角を判りやすく矢印で示すような」
「GPSを利用したナビならあるかと思いますが、矢印だけというのはどうでしょう……」
 言いながら、キラと呼ばれた少女は、サブバッグから石板を取り出した。グラン達に与えられたものと形は同じだが、こちらは真っ白だ。
「やっぱり、この世界で作られたものなんですね。この石板は、いったいなんなんですか?」
「石板って、……これはタブレットPCって言って、ああ、でもパソコン自体が判らないんじゃ、どうやって説明すればいいのかしら」
 頭を抱える金髪の少女の横で、キラは淡々と石板の側面に指で触れている。その動きに応えるように、白い石板の表面が光を放ちだした。
「すごい……この世界の人は、これを普通に持ち歩いてるんですか?」
「まぁ、大きさの差はあるけど、だいたい似たようなのはみんな持ってるわね」
 純粋に驚いているエレムに、どうにも返答に困った様子で金髪の少女は頷いた。だが次の瞬間、
「よかった、ちゃんと、ここまで来てくれたんですね!」
 キラの手に持った石板の上に、『ララ』の姿が立体的に浮かび上がった。彼女はグランとエレムを見て、嬉しそうに声を上げた。
「え?! 今のタブレットって、眼鏡なしでこんな3D映像まで見られるの?」
「いえ、さすがにこんな機能がついてたら話題にならないわけが……」
「きみが、ララさんの言っていた『わたし』さんですか?」
 さすがに驚きを隠せない少女達。逆にグランとエレムは戸惑った様子もなく、石板の上に現れた『ララ』に目を向けた。
「はい、そうです。あなたたちなら、きっと大丈夫だと信じていました」
「来たはいいんだが、石板は変なでかい人形をかぶった女のせいで……」
 さすがに気まずそうに、グランは手に持っていた黒い石板を示した。表面のガラスは割れてひびが入り、ところどころかけらが抜け落ちて、もうとても元のようには輝きそうにない。
 だが『ララ』はにっこり笑うと、
「大丈夫です、大事なデータは、バックアップをとっておくのが基本です」
「……さっきから、一体なんなんだ、その『でーた』ってのは」
「石板の『記憶』です」
 そう言うと、『ララ』はあっけにとられている聖名に視線を向けた。
「彼の持っているタブレットPCから、SDカードを、抜いてあげて頂けませんか」
「え、いいけど……。オレンジ社ってこんなすごい3D映像システムを開発してたのね……」
 聖名は、無理矢理納得した様子で、グランの持っている黒い石板に手を伸ばした。
「ここにSDカードが納まってるから、これを軽く押すと……」
 その少女の指の動きに応えるように、それまで石板の一部だと思っていた、小さな平べったい突起が外側に飛び出した。指でつまんで引き抜くと、それは親指のひらくらいの、長方形の小さな板だった。
「これが、石板の『記憶』……?」
 こんな小さな板に、いったいなにが込められているのだろう。不思議に思いながらも、グランは白い石板の上で手を伸ばした『ララ』に、その板を差し出した。それはグランにとって、半透明ながらも、立体的な人の形をとって板の上に現れた存在に対してものを渡す、当然の仕草だった。
「あ、SDカードを使うなら、こっちのスロットに差し込まないと……」
 慌てて教えてあげようとした聖名の動きが、今度こそ驚きで固まった。
 グランの差し出した小さな板を、『ララ』は当然のように受け取った。
 その手に取られた瞬間、板はさっと実体を失い、浮かび上がった『ララ』の姿と同じように、半透明の映像の一部になってしまった。
「ああ……伝わってきます、あなたたちの通ってきたいくつもの世界の姿、出会った人たち……それを生み出したたくさんの大きな想い」
 受け取った板を嬉しそうに抱きしめ、『ララ』は二人を見上げて微笑んだ。
「わたしの役目は、たくさんの思いの中でつづられる物語を、人の目で見える形にして、少しでも多くの人に伝えることです」
「役目って、あんた何者な……」
 だが、グランの問いかけが終わるより先に、『ララ』は抱えていた石板ごと、全身から淡い光を放ち始めた。同時に、彼女の足元の石板の光の上に、グランとエレムには理解できない言語が敷き詰められていく。
「読み込み完了。転送を開始します。グランさん、エレムさん、手を」
「手?」
 訝る二人に向けて、ララは手をさしのべた。二人は戸惑った様子で、それでも言われるままに、それぞれ手をララに向かって伸ばした。
 二人の指先に、ララの手が触れたとたん。
「え、ええ?!」
 驚きの声を上げる聖名の目の前で、二人の体はララと同じように淡い光を帯び始めた。さっきまでは確かにそこにあった二人の姿が、薄れていく。
 なにが起きたのか、周りの誰にも把握できないでいるうちに、『ララ』の姿も、二人の青年も、その場からかき消えてしまった。



「……いやぁ、すごい演出だったなぁ」
「セイントコードのスポンサーにオレンジ社がついたんじゃないの?」
「海外のコンサートに行ってたしなー。正義の味方もグローバルの時代だな」
 彼女たちの様子を遠巻きに眺めていた見物人達が、感心した様子であれこれ憶測を口にしている。
「え、映像? でも、あの人達、確かに喋ってたし、触れたし……そうか!」
 さっきまで二人の青年の立っていた場所を呆然と眺めていた聖名は、きっとした表情で、ガンダムカフェの売店入り口に詰まってもがいている煮干し少女を睨み付けた。
「あんた達の仕業ね?! あんな仕掛けで、今度はなにをしようって言うの?」
「し、知らないニボ! 濡れ衣だニボ!」
「ほかに誰がいるって言うのよ、こら、待ちなさい!」
 やっとのことで入り口から体を引き抜き、よたよたと逃げようとする煮干し少女を、セイントコードが追いかけていく。
 キラは、地面に落ちたガラスの破片のいくつかと、自分の持っている白いタブレットPCの画面を見比べ、首を傾げた。
 画面には、さっきは立体的に浮かび上がっていた少女と、よく似た女の子の画像が表示されている。
「なんでしょうかこのホームページは……『ライトなラノベコンテスト』……?」

2014012122460000